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lifestyleLutra nippon

     ニホンカワウソから学ぶ、考える

                            公益財団法人 高知県のいち動物公園協会   多々良成紀


はじめに
動物公園内に設置されたニホンカワウソの像

   かつて日本各地の河川や海岸に普通に生息していたニホンカワウソは、1979年の須崎市新荘川で観察された個体を最後に国内での公式な確認例はなくなり、2012年、環境省により絶滅種に指定されました。
 絶滅の真偽は別にして、これがいろんな意味で新たな出発点になればと思います。ニホンカワウソとは何者なのか、どういった生活をしていて、なぜこうした窮地に陥ったのか、そして私たちは彼らに何をして何ができなかったのか。実は私たちは未だ、そうした振り返りがきちんとできていないのではないでしょうか。


ニホンカワウソとは

   カワウソはイタチの仲間から進化した動物で、世界の各大陸に6属13種ほどが生息しています。
動物公園で飼育しているユーラシアカワウソ    ニホンカワウソは、ヨーロッパからアジアにかけて広く分布するユーラシアカワウソ(学名Lutra lutra)に非常に近い種類とされ、北海道のものはその亜種(Lutra lutra whiteleyi)とされていますが、本州以南のものは同様に亜種(例えばLutra lutra nippon)なのか、それとも日本固有種すなわち別種(例えばLutra nippon)なのか未だに学説が定まっていません。


ニホンカワウソの悲劇

   ニホンカワウソは保温性に優れた被毛を備えたが上に、明治維新以降、輸出や軍需の毛皮目的に乱獲されました。また、一日に体重の1〜2割もの魚類や甲殻類を食す大食漢であったため、戦後の経済発展による生態系や生物多様性の衰退から受けたダメージは大きかったのです。もちろん、コンクリートに象徴される護岸工事や道路による生活圏の破壊と分断、ナイロン漁網に絡まる事故なども絶滅に追いやった大きな要因です。


身近なのに知られていなかった?

   最後の生息地となった高知県にとって、ニホンカワウソはもちろん特別な動物です。古くから妖怪「カッパ」のモデルとされましたが、高知では「エンコ」や「シバテン」とも呼ばれ、身近な存在として親しまれていました。
動物公園で保管されている1977年大月町産の剥製    しかしその割には、生息していた当時から、カワウソのことが本当には理解されていなかった実態が伺われます。衰弱したカワウソを水を張ったタライに入れて保護していた記録(カワウソといえども、休息時は体を乾かさないと体温を奪われます)。頭はソフトボールのように丸く、尾は上斜めにピンと伸びた奇怪な姿に復元された剥製。動物の専門家でさえ当時は、体各部の形状や歯式などからハクビシンと分かる死体をカワウソと鑑定していました。


これからの一歩

   高知県には県立の自然史博物館がないこともあり、ニホンカワウソに関する資料や標本類がきちんとした形で残されていません。後世のためにも今、埋もれた情報や資料類を散逸する前に収集し保存することが重要です。
高屋勉氏の遺した資料群を調査している様子  そこでまずは県内に保管されている剥製を把握するべく、2012年12月、認定NPO法人四国自然史科学研究センターと共に調査を行い、県西部の9施設で10点の剥製を確認しました。これらは1960年代中頃から1970年代中頃にかけて、当地やその近隣で魚網に絡まったり車にはねられるなどして死亡した個体を剥製にしたものです。カビや虫食いの被害は少なかったのですが、多くで紫外線による被毛の退色白化が認められました。各施設に対しては、引き続き適切な保管をお願いするとともに、今後の保管方法についていくつかの注意点をお知らせしました。今回の調査とは別に、高知県立のいち動物公園にて4点の剥製を保管していますので、合計14点の剥製が高知県内に存在することになります。過去の資料を見返しますと、当時あったはずの剥製のいくつかはすでに行方不明になっていました。年月の経過、特に組織の改編や廃校などが散逸の要因になったようで、今後もそうした動きには注意しておく必要がありそうです。
  さらに現在、1960年代から高知県西部地域においてニホンカワウソの生息調査を精力的に続けられた、高屋 勉 氏(1929-2014)の遺した本種に関する資料群の保管、整理、分析を動物公園において進めているところです。


おわりに

   ニホンカワウソは川辺の生態ピラミッドの頂点に君臨した動物です。その彼らがこうした境遇に追い込まれたということはどういうことなのか。取り巻く環境はどうだったのか。生態系は? 生物多様性は? 保護活動は? 私たちはニホンカワウソでの“失敗”からきちんと学び、そしてしっかり考えることが、本種やそれに続く希少種の保全、ひいては生物多様性の回復に繋がるものと信じています。
   今年になって、動物公園で保管されている1977年大月町産の剥製について、東京農業大学の研究者がサンプリングして遺伝子解析したところ、ユーラシアカワウソとは約130万年も前に枝分かれした『日本固有種』であるとの結果が出ました。つまり、少なくとも高知県のニホンカワウソは、ユーラシアカワウソとは別の種類ということになります。早速、標本保存の重要性が示されたわけです。


(2016年5月11日)


高知県内にあるニホンカワウソの剥製標本 (リアル高知)

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